Ladies and Gentlemen dream
愛しき彼女の染めた
文芸は作家次第。メリスマン先生は、官能小説からいきなり純文学に転向して、繊細な描写で注目されてる作家。こないだの握川賞にもノミネートされている。美食人間国宝として世間から注目をあびて。
芸術家に有り勝ちな変わり者。だが、才能はピカイチと。
おまけにメリスマン先生は、外見がいいのでモテモテだ。男の人のファンも多い、しかし女性のファンも多い。私はその中の1人。官能小説時代からのファンだった。先生に会いたくて、会った時は運命を感じた。
現実はそうとは限らない。
コートやバッグはソファーに置いたまま、私は「失礼します」と続き部屋の扉を開けて静かに入った。
メリスマンは何か書いていたようだが、目を上げて「ああ‥」と呟いた。
この人は、いつもそうだ。私が目の前に居るときでさえ、私が居ることなど忘れているような眼をしてる。
メリスマンが立ち、私に差し出したのは襦袢と腰紐。
襦袢は毒々しい物ではないが、薄紫の地に牡丹のような花が密やかに咲いていた。腰紐の朱の色の方は、躰に絡める前から艶やかだった。
メリスマンの無言にももう慣れた。それでも部屋の隅で着替えることや自分が脱いだ衣服をたたむとき、何とも云えない気持ちになる。
無心で淡々と‥とは未だ未だ行きそうもない。
私は着ていた服を全て脱ぎ――と云っても、この仕事柄、少しでも痕がつきそうな下着はつけられない。
私が着ていた物は、ジャケット、ハイネックシャツ、カップ付きのキャミソール、スカート、厚手だけれどそうは見えないタイツ。以上。
襦袢に袖を通し、姿見を見ながら腰紐を結ぶ。
準備が出来たのでメリスマンの前へ行く。
「よろしいでしょうか。」
「‥ナマエ‥。では、その窓辺の床に座って。裾を少し乱して」
私はもうここからは、いちいち返事はしない。メリスマンの通りにするだけだ。
違うなら違うと向こうが云ってくる。次の指示を待ち、されることを受け入れるだけ‥‥。
メリスマンは、私の姿を見ながら何か書いたり調べたりしていたが、ペンを置いて私に近づいて来る。
私の背後に回り、襦袢の襟元から差し入れたメリスマンの指が私の乳首に触れる。
一旦引き抜き、今度は袂の脇から手を差し込んで胸を掴む。
試しているのだろう。もう一度襟元から入れ直し、強く胸をまさぐり乳首を引っ掻く。
そしてまたデスクへと戻って行った。
乱れた襟元を直す必要があるのならメリスマンがそう云うだろう。云わないのだから私はそのままにしている。
次に私の傍に来たとき、メリスマンは私を四つん這いにさせ、背中を押して顔が床につくようにした。
それからウェストを掴んでお尻を高く上げさせる。
覚悟はしていたが、襦袢が捲りあげられて私のお尻は剥き出しになる。
メリスマンは後ろから膝を使って私の脚を広げ、襟元を掴んで左右に開いて乳房と乳首を弄ぶ。
やがて私のお尻の目の前までメリスマンの顔が迫るのを感じた。
メリスマンの両手で私の秘処が暴かれる‥‥。 何もかもを見られているだろう。何度繰り返されたことでも慣れることはない。
先輩の伝手で出版業界に就職した私は社長から言われた。
――― モデルになれ。他に私に課す職務はない。
給料の他に報酬が出る。
モデル姿を見るのはメリスマン本人と緊縛のときにだけ信頼できる縄師が一人の以上、二人だけだ。
それ等を知る人間は社内では片手ほどだけである。
モデルは脱ぐ。ポーズをとる。緊縛もされる。触られたりもするだろう。杉崎の作品から想像しろ。
メリスマンの行為は個人的な凌辱ではない。写真などの撮影をされることもない。純粋に執筆のためである。
要するに、私に躰を差し出せと‥‥躰を売れ、と云うことだ。
――― そして現在に至る。
あの次の日、私は承諾の意を告げに行き、このことを知る人物を全員把握したいと云った。その求めは聴きき入れられた。
それ以外の人間の前では、私は普通の編集者助手であり、大切な大先生付きであるため社内に居ることも少ないのだという体面を堂々と演じている。
つまり私は娼婦ということになる。
泣きそうだった。娼婦以上にはなれない。ガラガラと砕け落ちていく。
次の日。先生の所に向う。涙で顔がパンパンだ。
曇天の空から雪が落ちてくる。手袋をした手の平で受けて、消える。ナマエの手が残る。
ドアをあける。入って顔をあげたら、彼が目の前にいた。メリスマンが着物姿で出て来た。
「何泣いてるんだよ」
「え」
手が伸びてナマエの頬に触れた。温かい。泣いてなんかいない。ただ水が落ちるだけだ。
「なあ」
「何」
「キス、してもいいか」
いきなり言われ、嬉しさに心臓がビックとなる。しかし、ナマエはマイナスの方にとらえた。
「...娼婦なのに」
「誰がそんなことを」
「先生は。私はタダの本を書くための道具です。...先生はなんとも思っちゃいないんでしょうけど。けど、私は、私は、なんで、なんで……」
涙がとめどなく流れ落ちる。彼はナマエを抱きしめた。
次に出てくるだろうネガティブな言葉を、彼のキスが消し去った。ふさぐように深いキスをされて、ナマエは動きを止めた。
私は彼の身体から自分の身体を引きはがし、彼の顔を見た。真摯な視線とぶつかった。心の奥のほうが痛くて痛くてたまらなかった。じくじくじくじくと痛むたびに彼がほしくなった。
「先生が欲しい」
と、私は言った。
「俺だってお前が欲しい」
と、彼が言った。
「同じ?」
「ああ」
「うれしい」
「泣くなよ」
「うん」
キスされる。優しい口づけが、深く変わっていく。彼が私の体をかついで、そのまま奥の部屋に連れていった。
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